2013.12.03(Tue)
冬の季節、木漏れ日の風景を見る度に思い出す。
3歳から高校1年生の終りまで住んでいた平屋の、私の部屋から見える光景。
6畳の部屋に勉強机、ベッド、本棚、整理タンスもあったか?
そして冬は小さい、一人用の?こたつを置いていた。
一間半ほどの履きだしの窓。
昔の事だからアルミサッシではなく、木枠の窓だった。横に何本か間隔を開けてサンが通っていた。
真ん中から下はすりガラスだった記憶。
うちの家の裏は笹やらツバキやらの木々が生えている崖になっていた。
こたつに入って宿題やらをする。
丁度本棚が背もたれの代りの役目をしていてもたれられた。
その狭い空間がなにやら妙に好きであった。
ふと窓の外を見上げると
冬の日差しを浴びて輝く木漏れ日が見えた。
ちょっと朽ちかけた葉のある木や常緑樹の木々たちの、柔らかな日差しを浴びて、
ゆるやかな風に揺られ
キラキラと、空がまるでダイヤモンドを散りばめたかのように輝いている。
わぁ~きれい~~と、眺めていたものだった。
きっと外は寒いんだろうな。
と、温かい部屋の狭い空間から眺める木漏れ日の光景が大好きだった。
やがてどよ~んと睡魔が襲ってくればそのまま横になる…。
台所では母がラジオを聞きながら食事の支度をしている。
その、食器や包丁やラジオの、BGMとも言えるうるさくもない音も心地よかった。
昔を思い出す・・・・・
そういう年になったのかな。

いつもありがとう

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やにゃ(ΦωΦ)
まどろみながら聞こえて来る 日々の生活の音っちうヤツは
何気ないけんど…
それはそのまんま
しあわせの記憶やにゃあ(ΦωΦ)
しみじみ…
オラは 2階の出窓の向こうの屋根から
猫が訪ねてくるのが しあわせの記憶やにゃあ(ΦωΦ)
まだこれから、これから! まだ半分ですよ!
私なんか最近のことは、入らず昔のことばっかっしですよ。
次の通りで曲がるつもりが、考え事をしているとすぐ通りすぎ、
Uターンの回数が増えてきている今日この頃ですょ。

そうそう!そうやわ。
のすたるじっく!
なぁんか、ほんまに、好きな空間だったし好きな時間やったな。当時詩を書くのが好きで
(へたやったけど)そういう景色を見て書いたりもしてた。勉強よりそっちやったわ。
そう、今から思えば、しあわせな時間やった…
Megさんの、その記憶もええがなぁ!
出窓とは、おされ~やんかぁ~(*^。^*)
中学の時、引っ越して行った人が置いて行ったニャンをほぼ半野良状態で世話してた。
その子が朝雨戸を開けるのをブロック塀の、支えの部分の所でチンと座って待っていたのをまた思い出す…
そいつもミーって呼んでた。
話したっけ?
赤ちゃんを産んで連れまわしたりしたので、近所の人が保健所へ連れて行ったのさ・・・
なんで、飼う!!って言わなかったのか。去勢とか避妊とか知らなかったからか?
あまりそういうのしていなかった時代だったからか?
もうね、あのミーの事を想うと胸が痛いのさ・・・・
可愛いから誰かに引き取ってもらえるかもですよって保健所の人が言っていたそうだけど。
ほんまに可哀そうな事をした。
今思っても涙が出るわ。
その分、二代目ミー吉を可愛がろうと思ったのだけどね。
ごめんよってつぶやいてるヨ…
一緒に寝た事も有ったしねぇ。
あかん!!久々に泣けてきたで。
あかん、涙目で書いとる・・・(Megさんのレスで(*_*;)
いや、私もあります、あります!
野菜とか、買ってあるのに、また買ったり
あれ?今何しにここにきた?とかね!
けれどもいいことは覚えているものですね。
しあわせだったってことですわなぁ~~

文を読んで目を閉じると、そのワサちゃんの幸せな時間が目に浮かぶようですよ。
私にとってしあわせの記憶、やっぱり両親とお喋りしながら食べた夕食が思い出されますね。
いいことっていうのは覚えているもので、ふとしたことで思い出したりしますね。
その時はそれなりに悩みとかあったのでしょうが、今から思うと
ちっぽけな事。
ゆったりと、いい時間いい空間だったのだよなぁって思いますわ。
うん、わかる
きらきらしてるのが見える、きれい
同年だからかな 情景というか色や空気とかストレートに感じるよ
今より時間がゆっくり流れてた気がする
でも、あっと言う間だったね
私もこの頃よく思い出すよ
やっぱり、そんな年頃なのかも(^^;
思い出と一緒に進んでいる今は深いな~
感受性が強い年頃だったからか?ほんと、そう言う光景がいいなぁってしみじみ思ってた。
そうねぇ、今よりはゆっくりと時間が過ぎていたかも。
なんやかんやがあって、思い出せるいいことがあるのは、今までが良かったってことよね(*^_^*)
まだ 野良犬とかも居た頃でしょ。
動物として一生を終えることのできた頃だよ。
ヒトに頼らず…ね。
というか ヒトを上手い事利用して…ね。
彼らは彼らなりの自由もあった筈。
避妊されて子孫を残せないのは
本来の動物としての生き方を邪魔してる…
とも 言える。ヒトの都合でね。
ヒトの側で生きて来たことに変わりはないけれど
今程 ヒトの生活に沿わされている生き方もない。
寿命が延びることだけが彼らの幸せだろうか?
ま、そういう方向から考えるのも ヒトの勝手なんだけどね。
何が幸せだったのか?
ソレはソイツにしか わからんよ。
ヒトはついつい 擬人化して考えがちだけどね。
ただ全力で 懸命に生きようとしているだけだよ。
彼らはいつでもね。
大丈夫
初代ミーは 違う毛皮を来て
また ワサちゃんの前に現れている筈じゃから。
↑
と、コイツぁ いつも 笑かせてもぉてる
オモロい猫画像UPしとるサイトで
猫好きのヒトが言うとった 名言やにゃ(ΦωΦ)
なでてくれた事を覚えてて
また 違う毛皮を来て こそぉ〜りと
逢いに来てくれとる 想たら
にゃんか(ΦωΦ)嬉しいにゃい?(ΦωΦ)
そいつとの別れがなかったら
ミー吉との(濃密な?)暮らしはあっただろうか?
そいつが ミー吉を連れて来てくれたのかもしんにゃい(ΦωΦ)よん♪
んだんだ!
野良イヌも居た時代。
犬も結構放し飼いにしていて、首輪はつけとかないと!って言ってたな。
初代ミーは何歳だったかもさからない。
キジトラの、白の部分が多かったな。写真は撮った。
うん、ひょっとしたら、ミー吉が生まれ変わりだったかも?って思ったりしてねぇ(^。^)
韋駄天になってるかも?そうでも思わないと、哀し過ぎるわなぁ。
めちゃ愛想のよい子でした。おとなしぃてね。
ありがとにゃんしょ~(=^・^=)