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幼少の思い出・母の背中

[おことわり]先程アップしていたのですけど、前日のと似た話になっているので削除しました。
拍手いただいた方、申し訳ございませんです

 

            



何歳のころだったか。
私の具合が悪くなった時、近所(歩いて5分とかからなかったか?)のお医者さんに診てもらいに行くのに
母は私をおんぶして連れて行ってくれた。


そんなに重篤な病気ではなかったけれど
母は一生懸命、急ぎ足で背負って行ってくれた。


私は
揺れる母の背中でいるのがとてもうれしかった。
暖かい温もりが伝わってきたし、大丈夫?って荒ぐ息で聞いてくれてた。

ずっとこうしていたいなぁとも思った記憶・・・・・

おんぶってもうこういうときしかしてもらえなかったし。


あの頃、病気になってちょっとよくなったら
ウールの着物を着せられていた。
あれは、なぜだろう?
ただ単に、昔の事だから今みたいな部屋着が無かったから?
それとも他に理由が有ったのだろうか?


熱も下がってもう一日学校休んで様子見る?って言われた一日はとても好きな一日だったな。
母はいつもよりうんと優しかったし
遊んでいてもそんなに怒られなかったし。

もし、当時もうリウマチを発症していたのなら・・・頑張ってくれたんだなぁ。
母は 強し、だったんだな。

しかも本当に 母の背中は

とても

暖かだった。。。。



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コメント

NoTitle

私は母におぶられた記憶はないわ…
幼いころは病弱で
ほとんど毎日のように病院通いをしてた…


これから寒くなるから
体に気を付けてくださいね♪

♪かるめ♪さんへ☆

昔はそれこそ、梅ちゃん先生みたいな、近所の、
○○先生のとこ行く?ってなって行ってましたなぁ。

♪かるめ♪さんは幼いころ病弱だったから今は丈夫なのかも?
私は逆に、頑丈だったから今頃になって病院と仲良しなのかなぁって思ったり(+_+)

私も似たような経験があります^^

小学1年の時、大雪が降って母が学校まで迎えに来て家まで、おんぶしてもらいました。

もう40年以上前のことですが、あの時の母の背中忘れはしません。

そして自分が親となり、我が子って自分の命と引換えても守りたい宝だって思い、あの時の母の優しさ強さが少し分かったような気がしました(^^;;

しんのすけさんへ♪

昔は車なんて持っている家も少なかったし、それこそご近所でことすますというかそれしかなかったというか
ですよね。
夜にああして熱のある私をおぶっていくのは母にしたらしんどかったかなぁって。

なんか、昔を懐かしむようになったのはやっぱり歳のせいかしら?
それとも、もう長くは無いからかしら?ぬぁんて思っちゃう(*^_^*)

けどねぇ、子供時代はいい時代だったなぁとしみじみ。。。

NoTitle

私はおんぶじゃないけど、母の自転車の後ろに乗り、しっかり背中にしがみついていた事を思い出すわ~
これを読んでね、コテツをおんぶしてみたら、逃げられちゃったe-350

ゆりさんへ♪

あははは~
ニャンはおんぶは無理っしょ~(^O^)/

今はおんぶってするのかなぁ?
もうs、すぐ車・・なんでしょうねぇ。

消されたトコロが気ににゃる...

手を引かれて歩いた道のりのコトだろうか?
コドモ心に すんごく長く感じたという...
   ↑
おんなじ様な記憶があったので
そんな風なコトを話したコトが...
あった様ななかった様な...?

お母さま の背中の記憶は...
そのぬくもりとともに 香りまでも、を
思い出してしまいそうですにゃ...


雪の降り出しそうな寒い夜...
火傷をして足の皮がベロンと剥がれたことがあります。
保育園に通っていたコロのお話。

小さな赤い車で隣の隣の街の大きな病院まで
両親が連れて行ってくれたのを
覚えている。

そして、
お尻にぶっとい注射をされました....(ToT)
   ↑
ってのを 前のハナシ(今度の注射はお尻にしないと...っていうの)
を、読んでて 思い出していたトコロへ この話題...

おぉ〜 ってカンジ...


幼い日の母の想い出は...
せつなく なつかしい...

そんな... まだ幼く、守られていた頃の
幸せの記憶を紡いで ヒトは生きて行くんでしょう...

ぬぅわぁ〜んてコトを
つぶやいて おもひでに 浸ってみるテスト
  ↑
って、またかいっ!!

Megさんへ♪

うん・・話した事あったよな、なかったよな??ですね!
Megさんの記憶の方が正しいから~(^O^)/

子供の時ってよくお尻に注射されたよね(^O^)

そか、Megさんちはもう車があったのねん。
うちのご近所は船員さんばかりだったしで皆持っていなかったなぁ。
ただ、幼稚園児の時だったか?おばあちゃんが亡くなった(危篤状態?)
しらせが当時電話も近所に一件しかなく
そこに入り、何時頃だったか?私は寝てたのだけど
たたき起こされて、近所の人も田舎に帰る準備を手伝ってくれて、ちょっと離れた家の人が
車持っていて、明石駅まで送ってくれた記憶・・・

田舎に着いたら夜が明けていたなぁ。

なんか、なつかすいぃ・・・

いいねぇ、子供の頃の思い出。
・・・って、こんなふうに、懐かしく思いだせるのはいい時間だったってことよね♪


しあわせの記憶を紡いで生きる

オラはこのフレーズが好きでねぇ...
(イヤ、オリジナルは漫画なんですけどね...)

読みながら まさにそうなのかもしれない...
と、思ったワケ。
だから記憶に残っている...

幼い頃の"守られていた"と、いう記憶。
コレがあるのとナイのとでは
その後のジンセーが大きく違う様に思う。

自分を信じられたり他人を信じられたり
というのは そういうコトが根本にある...
様に思う。

ソレがあるだけで 如何に幸せなことか...
と、亡き両親に感謝したりする。

の、ですよ....

今となってはね...

Megさんへ♪

いい言葉やん~さすが、Megさん!!と思ったら
漫画からどしたんかぁ(^O^)

けど、ほんと、いい言葉ね!
私も、子供の頃が良かったなぁって今になってしみじみと思い返せるのですよ。

あの時代に生まれて良かったなぁって。
小さい頃に受ける母、父の愛情は大事ねぇ。

まだまだこういうのあるのでまた、アップしよかなぁ?
母に敬意を表する意味でも(*^。^*)

NoTitle

涙もろくなっているヨッパライダー、二人のやり取りに泣けています。ダメだな~

ゆりさんへ♪

ふふふ・・・

うんと泣いておくんなまし~~(^O^)
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わさび☆

Author:わさび☆
2004年に乳がんを発症、手術・抗がん剤・放射線治療をしましたが、2009年に骨転移そして、子宮、肝臓にも転移。もう抗がん剤もあとがありません。
どこかにちっぽけな「私」という存在を残したくて……
こんな「私」も生きていたのよ…って。

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